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第128回:車両IDとしてのUHF帯ICタグ

はじめに

前回は行きつけの宿泊施設にNFCタグを取り付けておくことで、訪問の際の細やかな情報登録の推進を実現したり、蓄積された情報を最大限に活用して次回以降の滞在時に活用すること、あるいは滞在先の選定に活用するようなユースケースの紹介を行った。ゴールデンウィーク期間中は何とか出張を免れることが出来たが、今後も全国各地のホテルにNFCを貼り続けることになるのは間違いない。さて、今回は少し気になった海外事例を取り扱ってみたい。

コスタリカの事例から車両IDとしてのUHF帯ICタグを考える

取り上げるのは、NFC World(https://www.nfcw.com/)に、2023/5/8付で掲載された「Costa Rica to roll out RFID tags for vehicle registration and contactless toll payments」という記事である。記事タイトルを訳するならば「コスタリカ、車両の登録や高速道路の非接触型決済にRFIDタグを採用」とでもなるのだろうか。

車両にUHF帯のICタグを取り付けて、高速道路や駐車場の料金支払い、あるいはファーストフードのドライブスルーに活用する事例については以前にも紹介したことがある。これらの事例と異なるのは、政府自らがその旗振り役となっている点である。民間事業者が付加価値サービスを提供するためにUHF帯のICタグを販売している(あるいはUHF帯のICタグが添付された車両を販売している)のに対して、今回のコスタリカの事例では、道路税を納税した証として配布されるシールにUHF帯のICタグが内蔵されている(図1)。

図1:納税済み証明のデジタルステッカー(https://www.nfcw.com/2023/05/08/383608/ より引用)
図1:納税済み証明のデジタルステッカー
(https://www.nfcw.com/2023/05/08/383608/ より引用)

コスタリカでは、従来から車両のフロントガラスに納税済みを証明するというルールがあったようで、今回はそのシールにUHF帯のICタグを内蔵させたということになる。車両に貼り付けたICタグの活用としては、やはりETC的な領域だったり、あるいは緊急車両のスムーズな通行を実現するために信号機の制御と連動させるような内容も記載されている。

さて、この話を聞いて、最近日本でもロールアウトされた車検証へのICタグの導入の話を思い出す方は多いのではないだろうか。従来の車検証に印字されていない様をICタグのメモリに持たせることによって、車検証のサイズを小型化したり、スマートフォンで内容を読み出したり、整備業者の登録作業を簡略化したり、というメリットを訴求しているが、コスタリカの事例と異なるのは採用しているICタグの周波数帯である。コスタリカではUHF帯のICタグを採用しているのに対して、日本では所謂NFCタグを採用している。

NFCなのでスマートフォンアプリでの読み取りや、パソコンから読み取る場合も数千円程度で購入できる安価なNFCリーダーを利用できるなど、手軽さという面ではメリットが大きいように見える。また、国土交通省の電子車検証特設サイト (https://www.denshishakensho-portal.mlit.go.jp/business/about/)によれば、ICタグのメモリの中で車検証情報が記録されている以外の領域については、別のアプリケーションを搭載可能であるという記載がある。この記載を見る限りにおいては、今後、車検証ICタグを活用した新たなサービスが展開される可能性があると考えられる(残念ながら具体的な検討はこれから、ということのようだが)。

今後展開されるかもしれない新たなサービスを妄想したときに、日本の車検証が採用したNFCタグと、コスタリカの納税済み証明シールに内蔵されるUHF帯のICタグと、果たしてどちらが正しい選択と言えるだろうか。利便性、セキュリティ、プライバシー、など様々な観点があるかもしれないが、アプリケーションの広がりという意味では、やはりUHF帯のICタグが面白いかもしれない。

街中にRFIDリーダーを散りばめる必要はあるかもしれないが、長期的にはリーダーの単価も下がっていくはずなので、そこは考慮しない。もし、街中に大量のRFIDリーダーがバラ撒かれていて、かつ車両にUHF帯のICタグが内蔵されていたら、どのようなサービスが提供できるだろうか。高速道路や駐車場、各種の店舗におけるドライブスルーへの活用になど、従来の高コストな(日本国内の)ETCサービスをUHF帯のICタグで実装するイメージについては説明するまでもないと思う。

決済サービスの効率化など局所的な話ではなく、もう少し広い目で見たときには、やはり道路の使用状況/通過実績をリアルタイムに可視化できるような領域だろうか。渋滞状況を今までよりも更に細かく取得することができたり、信号機の制御と連動することで渋滞緩和への施策になる可能性もあるかもしれない。また、道路の利用実績を電子的に記録できれば交通量調査や道路のメンテナンス時期の推測などにも使えないだろうか。UHF帯のICタグが唯一の最適解というわけでは決して無いが、センサーシティ系の用途における車両IDの取得を考えたときには、少なくともNFCではなくUHFという印象は揺るがない。

一方で、最近では少し捉え方が代わってきている向きもあるが、プライバシーの観点からは考慮点も多い。自分の所在や移動実績が自分以外の誰かに常に取得されているとなると、反射的に怖さを感じてしまう方も多いだろう。コスタリカの場合、そのような仕組みを納税と絡めて政府主導で行うというスキームだが、国家による監視制度への懸念のような話が出てくるに違いない。現実的には、スマートフォンのGPSだったり、交通系ICカードや各種決済サービスにより蓄積されるデータから、既に同じような現象が起きてはいるのかもしれないが、UHF帯のICタグを活用した車両IDにより蓄積されるデータの取り扱いに配慮が必要であることに変わりはない。

プライバシーと利便性のトレードオフについては、NFCタグでもUHF帯ICタグでも避けられない問題であるが、アプリケーションの広がりを考えると通信距離は長いに越したことはないのだろうと思う。日本で車検証に埋め込まれたICタグが、NFCタグではなくUHF帯ICタグだったとしても、それなりに似たようなサービスを提供することはできる。UHF帯のICタグはリーダーとの組み合わせによって、長距離通信しかできないわけではないのだから、大は小を兼ねるような考え方になってくるのでは無いだろうか。

とはいえ、実際の社会でどちらが採用されるか、については必ずしもユースケースとの適合性や技術の優位性だけでは決まらない部分も多いだろう。社会政策や産業育成の観点など、更に多様な要素から決定されるべき選択のため、なかなか結論を出すのは難しい。

おわりに

今回はコスタリカの事例から、車両IDとして採用するなら、どちらの周波数帯を選択するべきかという観点での議論を行った。コスタリカの選択が、果たしてどのような結果に帰結するかを興味深く見守りたい。そしてこれまで現存する製品のみで考えてきたが、今後1チップでNFCとUHFの両方に対応したDual FrequencyのICタグは本格的に普及してくれば、周波数帯の選定というこそすら不要になるのかもしれない。次回も新たなユースケースの模索を行っていく予定である。