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第123回:久しぶりに参加したマラソン大会で見かけたICタグ

はじめに

月刊自動認識2023年1月号
月刊自動認識2023年1月号

前回はサッカーの指導者教本に添付したNFCタグによって、講習会期間中や、それ以降の効果的な学習や実践を推進する取り組みについての紹介を行った。その後、無事にC級指導者のライセンスを取得できたのがNFCタグのおかげかどうか定かではないが、期を同じくしてワールドカップにより日本中がサッカーに熱狂していることは何とも喜ばしい。この流れを受けて、是非わたしが指導を行っている部活動にも部員が増えることを期待しつつ、今回は新たなテーマにて進めていきたい。

久しぶりに参加したマラソン大会で見かけたICタグ

奇しくもスポーツ関係のテーマが続くことになるが、今回は久しぶりのマラソンネタである。かつて、マラソンのゼッケンにNFCタグを貼り付けて「たっちなう」というアプリで走行記録をTweetしたり、台北ハーフマラソンに参加した際には、タイム計測のツールとして靴紐にくくりつけるタイプのICタグが採用されていることに驚いたり、ということもあったが、今回あらたにマラソン関係のテーマとなる。

実はつい昨日なのだが、3年ぶりに那覇マラソンに参加した。3年ぶりというのは、別にその間をサボっていたわけではなくコロナ禍のために開催が見合わせとなっていたことによるものであるが、例によって無謀にも事前の練習を一切行わない状態での参戦となった。決して自己ベストの更新を目指すような高尚なものではなく、ただ完走(実際には完歩)のみを目指すという低レベルかつ確実に健康のために良いとは言えないチャレンジを終えて、何とか目標である制限時間内でのゴールは達成することができた。何度も諦めかけた自分に打ち勝つことができた、自己満足感はそれなりのものであったレース直後の高鳴りとは裏腹に、心身ともに相当のダメージを負った翌日となっては、中間地点で潔く諦めていればこんなことにはならなかったのに、という気持ちがしないでもない。

さて、那覇マラソンといえば沖縄開催でありながら日本全国はもちろん、海外からも参加者を集める人気のイベントである。例年であれば3万人程度で開催されるため、その規模は東京マラソンや大阪マラソンに次ぐものとなっている。さすがにコロナ明けの今回は参加者数も控えめで、約1万3千人程度とのことだが、例年通り沿道の熱い声援や献身的なサポートは素晴らしいものであった。大会前日の恒例行事として、当日着用するゼッケンおよび記念Tシャツの配布が行われる。今回もスタート地点である奥武山運動公園の武道場にて、前日の10時から配布が開始された。事前に記入した健康チェックシートの提出や検温などが必要となるため渋滞の発生は免れ得ず、公園内には長大な行列が構成されていた。後で知ったのだが、今回の参加者1万3千人のうち、6千人ちかくが県外および海外からの参加だったようである。冬でも温かい沖縄の陽気を楽しみながら過ごす待機列、となれば良かったのだが残念ながらこの日は強風を伴う大雨。せっかくお越しいただきながら何とも申し訳ない気持ちになりながら、私自身もようやく武道館に入ってゼッケンと記念Tシャツを受け取ることができた。駐車場に家族を待たせていたので、中身を確認することもなく家路を急ぎ、さっそくゼッケンを取り付けてしまおうと持ち帰った袋を開封したところ驚きの光景に向き合うことになる。

1万3千人の参加者の内、いったい何人が気づいたかわからないが、実は図1のとおり、ゼッケンに取り付けるICタグがアクティブタイプからパッシブタイプに変更されていたのだ。例年であれば、那覇マラソンにおいてはアクティブタグが採用されていたはずである。正確にはセミアクティブタグなのでが、いずれにしてもボタン電池を内蔵して自らIDを発信するタイプである。少し前であれば、やはり読取精度の確保という観点からはアクティブタグを使わざるを得ないというのが常識であった。なぜならUHF帯のパッシブタグでは、人体の水分の影響による影響が不可避なためである。着用者自身の人体における水分はもちろん、複数人だ同時に通過するチェックポイントにおいては間に入る他のランナーの人体の影響も考慮する必要があるため、マラソン大会ではもちろん工場や倉庫あるいは執務室環境における所在管理ソリューションにおいても、人を識別するためのICタグの選定や着用方法については十分な検討と検証が必要なものであった。

図1:ゼッケンに取り付けられたパッシブタイプのICタグ
図1:ゼッケンに取り付けられたパッシブタイプのICタグ

アクティブタイプを使用しないタイプの製品も皆無ではなかったが、台北ハーフマラソンのときに経験した靴紐にくくりつけるようなタグのように、路面に設置されたアンテナからなるべく近いところへの装着を想定したものしか存在していなかったように記憶している。どちらのタイプにも当てはまらないゼッケン+パッシブタグという組み合わせに、こんな身近なところでバッタリ出会うことが出来るなんて本当に驚いた。驚きのあまり即座にTwitterに投稿してしまった写真が図1なのだが、ICタグ部分にスポンジのスペーサーが取り付けられているのが御覧いただけるだろうか。ICタグはゼッケンの表側ではなく裏側に貼られているが、ゼッケンに貼られたICタグの上に厚みが1cm弱のスペーサーが取り付けられている。この仕組であればゼッケンを着用したときに、着用者の人体からICタグが離れた位置をキープできるため水分の影響は受けにくいかもしれない。タイム計測の業界では有名な某社の社名が印刷されているが、すぐ横のQRコードをスキャンしてみると当該ICタグの取り付けに関する注意点などが記載されたWebサイトが表示された。

はたして、このスペーサーの工夫だけで充分な読取精度を確保することができるのだろうか。かつて同じような目的で試用を行ったユーザからクレームまがいの問い合わせを受けたことは数知れない筆者としては、完走の可否よりも読取精度のほうが気になるところであるが、結果から言うと特に問題なくタイム計測は行えていたようである。ちなみに路面に設置されていたのは、図2のような読み取り機であった。

図2:路面に配置された読み取り機
図2:路面に配置された読み取り機

マット内部のアンテナ構造まで確認することはできなかったが、マットからはケーブルが這い出しており、歩道上に設置された大きめのボックスに引き込まれていた。おそらくボックスの中にリーダーやバッテリーが配置されているものと推測する。基本構成は、チェックポイントに対して読み取り機が1セットであったが、中間地点や関門など計測ミスが許されない場所なのだろうか、数カ所には2セットでの配置となっていた。何らかの事情により読み落としが発生した場合に備えて、各チェックポイントには必ずビデオカメラも配備されていた。それでは、タイム計測のためのICタグが、アクティブタイプからパッシブタイプに変更されたことの意義について考えてみたい。

出走者側の視点では、まずタグの軽量化があるかもしれない。小型とはいえボタン電池内蔵のアクティブタグに比べると確実に軽い。軽いというか、ICタグとスペーサーだけでは、それ自体の重さは無いに等しい。軽いだけなら台北で経験した靴紐にくくりつけるタイプもあるが、それに比べると取り付ける作業すら不要な点の利便性が高い。いま思えば、靴紐のついていないようなスニーカーにはどのように取り付ければよかったのだろうか。さすがに裸足のランナーは見かけなかったが、こだわりを持ってサンダルで疾走するランナーは必ず見かけるので取り付け方の汎用性というのは、やはり重要なテーマになるのだろうと思う。そういった意味では、やはりゼッケン+パッシブタグの組み合わせは最強かもしれない。

運営側ではどうだろうか。真っ先に思い浮かぶのは大幅なコスト削減である。アクティブタグの調達単価が数千円の下の方であるのに対して、パッシブタグはスペーサーふくめても10円程度ではないだろうか。アクティブタグを採用する場合、そのまま出走者の参加費用に転嫁するわけにも行かず、当然のことながらレース終了後に回収して再利用ということになる。ゴールしてすぐにゼッケンから回収できたのは良いとして、途中でリタイアした方は、前日にゼッケンを取りにきたものの当日は参加しなかった方からの回収までを想定して様々な防止策を張り巡らせて実行することのコストは想像を遥かに超えるものと思われる(それがノウハウなのかもしれないが)。パッシブタグの採用でICタグを使い捨てできることのメリットは、金銭的にも精神的にも、そして出走者と運営側のどちらにもWin Winのメリットをもたらすものになっているようだ。タグ単価以外にも、読み取り装置の規模感的にもセミアクティブタグを運用する場合に比べると軽装な印象であった。もちろん、RFID以外の部分における技術進歩の影響もあるとは思うが。

おわりに

というわけで、今回は那覇マラソンにおいて出会ったタイム計測に利用されているICタグについての紹介を行った。以前には現実味のなかった組み合わせが普通に採用されるようになったのは、やはりベンダー側におけるICタグ/チップや読み取り機の地道な技術革新の成果とユーザ側のチャレンジの賜物だろうか。経験則に基づいたスコトーマに陥ること無く、今後も様々なユースケースを切り拓いていきたい。